どんどん産科が逃散している話

産科医絶滅史49巻?Ausは我が身?
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1194971681/62

62 :卵の名無しさん : :2007/11/15(木) 03:07:08 id:afDzxufm0
産める病院が1年半で1割減…読売新聞全国調査
(読売新聞 11月15日 03:02更新)
ttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071115it01.htm

読売ウィークリーに出ていたつー話と同じ取材かな。

  • 労働が過酷すぎる
  • 女医さんが妊娠出産子育てで抜けるんで、戦線が維持しづらい


という良くも悪くも良くある話。

産科医絶滅史49巻〜Ausは我が身〜
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1194971681/70

70 :卵の名無しさん : :2007/11/15(木) 08:38:30 id:SiDQ8CcK0
>>62の記事

産める病院が1年半で1割減…読売新聞全国調査
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071115it01.htm

 産科医不足の深刻化に伴い、昨年4月以降に出産の取り扱いを休止した病院が、全国で少なくとも127か所に上ることが
読売新聞の全国調査でわかった。出産を扱う病院がこの1年半で約1割減ったことになる。休止は、地域医療の中核を担う
総合病院にも及び、お産の「空白地帯」が広がっているほか、その近隣の病院に妊婦が集中し、勤務医の労働環境が
さらに悪化する事態となっている。
 調査は、各都道府県が休止を把握している病院の数に、ホームページなどで休止を周知している病院への取材結果も加えて集計した。
それによると、2006年4月以降にお産の扱いを休止した病院は132病院だったが、このうち5病院は、その後、
産科医を確保するなどして再開にこぎつけた。また、来春までに休止方針を打ち出している病院も12か所あった。
 国は3年に一度、出産を扱う病院数を調査しており、直近の05年10月現在では1321病院だった。これを母数とした場合、
すでに休止した127病院は全体の9.6%に相当し、来春までの休止予定も含めると、10.5%の病院がお産の扱いをやめることになる。
 都道府県別では、兵庫の10か所が最多。北海道の9か所、福島、東京、新潟の6か所、千葉、神奈川、山梨、長野、大阪の5か所と続く。
主な休止理由は、〈1〉医師不足に伴い、大学医局からの派遣医を引き揚げられた〈2〉労働条件の悪化を理由に、
勤務医が開業医や(お産を扱わない)婦人科に転身してしまい、その穴埋めができない〈3〉産科医不足対策の一環で、
近隣病院に産科医を集約化することになった――など。
 お産の空白地帯が広がった結果、「(県内に11ある)2次医療圏のうち、出産できる病院が一つもない医療圏がある」(愛知県)、
「ハイリスクの出産では2時間かけて救急車で搬送するケースがある」(岩手県)といった状況が生じている。各自治体では、
産婦人科を優先した研修医への貸付金制度や、公募医師をへき地の公立病院に派遣する「ドクターバンク」制度を創設するなどしているが、
医師確保が追いつかないのが実情だ。
 1994年に1万1391人いた産婦人科医の数は、2004年には1万594人と約7%減った。

産科医絶滅史49巻〜Ausは我が身〜
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1194971681/22

22 :卵の名無しさん : :2007/11/14(水) 13:02:33 ID:/uYt+psY0
さまよう 地域医療 2 /群馬
産婦人科 もう志だけでは続かない
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gunma/news006.htm

 「地域の総合病院に産科がないなんて、どこで産めというのだろう」
 2005年に長女を出産した館林市の主婦(39)は首をかしげる不妊治療の末に妊娠。高齢出産で比較的リスクが高いため、
総合病院で産もうとしたが、すでに館林地区の中核病院である館林厚生病院は、06年3月で分娩を休止することになっていた。
群馬大が産婦人科医2人を引き揚げるためだ。この主婦は出産後のことも考え、結局、太田市の病院に
1時間近くかけて通って出産したという。
 館林市内の別の主婦(40)は、埼玉県内の総合病院の近くにある個人病院にかかった。
「厚生病院がだめなら、遠くても総合病院に産科がある他市の病院に行った方が、危険な時にすぐ運んでもらえそう」
というのが理由だった。休止は今も続いている。
 地元の開業医も「リスクが高い場合の搬送先探しが難しい」と認める。県内で産科が比較的整った病院までは
1時間近くかかる。隣接する栃木県内の病院に運ぶと、「県内でどうにかならないか」と言われてしまうという。
開業医は「この地域のお産は見捨てられたのかな」とつぶやいた。

産科医絶滅史49巻〜Ausは我が身〜
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1194971681/24

24 :卵の名無しさん : :2007/11/14(水) 13:03:14 ID:/uYt+psY0
>>22続き
     ◇
 県内の中核病院の大半を占める群馬大派遣の産婦人科医は、2000年の69人から05年は49人に減少。
病院に1人の医師では当直態勢が組めず、突発的な重症患者に対応できないことがあるため、同大は分娩を行う病院に
医師を3人以上集めている。その結果、医師が引き揚げられた館林厚生病院や原町日赤病院(東吾妻町)などは
分娩が行われなくなり、地域的な穴が開いている。
 減少要因の一つに、厳しい労働環境で若いなり手が少ないことがある。当直が月10回の病院もあり、
夜間の分娩で呼び出され、翌日も勤務という時も珍しくない。
 女性の割合が高く、家庭生活が成り立たずに辞める例も多い。県内の産婦人科医のうち30歳代は10%強で、
全国平均より10ポイントほど低いうえ、その6割が女性だ。群馬大の峯岸敬教授は「女医への対応がなければ
この態勢は続かない」と指摘する。
 こうした中、公立富岡総合病院(富岡市)は院内保育所を設置し、個々の事情に合わせて勤務時間を変えるなど、
女医の受け入れに取り組む病院は増えつつある。
 柴山勝太郎院長は「朝から昼過ぎまでの非常勤でも戦力になる。女医の新しい働き方を考えなくては」と語る。
 佐藤病院(高崎市)は03年から、分娩をしない9診療所と提携し、妊婦検診を診療所で受け、分娩は病院で行う
セミオープンシステム」を始めた。病院は分娩に集中でき、患者も近くの診療所で受診できる利点がある。
女医や高齢の医師の働き場も広がるという。
 佐藤雄一副院長は「今までも無理をしてきたが、もう志だけでは続かない」と語り、労働環境の改善の必要を訴えた。

(2007年11月13日 読売新聞)